メキシコ探訪⑪
2023. 1. 16
気付けば11回目となりました。
ちょっとはメキシコ気分を味わえてますか~?!?!
Hola, Bunos dias.
なんて言ってみたりして。(今更?
今回も引き続きチチェン・イッツァです。
早速ですが、このチチェン・イッツァにはメソアメリカ最大のあるものがあります。
それは何かと言いますと。。。
パロータです。覚えていますか?ウシュマルでも紹介した【パロータ】
そう、球戯場です。
大きすぎて写真に入りきらん。。。
遺跡内には何個か球戯場があるらしいけど、最も大きいのがこの球戯場。
全長、168m!!幅が79m!!!壁は高さ6m以上はある。
写真入りきらんでもしゃーない大きさ。
ウシュマルと同じように輪っかもあるんやけど、コートの広さに対して
ちっさいちっさいから写真加工してます。
この輪っか(標識)にボールが通ることは結構レアやったと考えられています。
この当時に行われていた球技の中で最も一般的なボールの大きさは直径30cm程度、
重さは3キロほど、と言うのも中空のボールじゃなく中身ギッチリのボールやから重たい。
それをこんな高くて小さいところに手を使わずに入れるのは至難の業。
なので、恐らく当てたら1点!とかのポイント制やったっぽい???
そもそも地域によっては輪っかじゃないらしい・・・
球戯場にあるレリーフから、防具をつけて競技を行っていたことが分かります。
さてさて、この球戯ですが儀式でもありました。
全部じゃないけど・・・生贄を選ぶために用いられた儀式だったようです。
どうやって選ばれていたのか?そこは諸説あり、どれが正しいのか全部正しいのか・・・
ゲームの敗者が生贄になる、もしくは勝者が栄誉として神に捧げられる生贄になる、
はたまた捕虜とゲームを行いワザと勝敗をつけて生贄に仕立て上げる、
ざっくりですが、この3つが有力候補です。
何で勝者?と思うかもですが、神様への生贄は栄誉ある事とされていた節があるみたいです。
プレーヤーも高貴な身分の人だったことがレリーフから分かっています。
(もしかしたら「儀式」やから無理矢理【高貴な身分風】にされてたかもやけど)
球戯と生贄の関連性を伝える証拠として、これまた球戯場のレリーフを紹介します。
(ちょっと写真の向きが縦横あって不揃いですが・・・ゴメンネ)
右側の片膝をついた人物像の首がない 手に持っているのは人の首
胴体から、首からヘビが生えてるんですけどヘビは流れ出る血を表現しているんです。
こういうレリーフがあることから球戯は毎回ではないにしろ、生贄を選ぶ儀式の一つだったとされています。
この球戯場に行ったらガイドさんが高確率で行う実験があります。
手を叩いたり、大声を出す事です。
なぜか?
球戯場の壁、めちゃめちゃ反響するように設計されてるのを実演するため!
ちょっと壁が内側に傾斜してるんですよ。
儀式に神秘性が増す演出が計算されてるってスゴイよね~。
日本でもお城の建築とか、人の習性とか考えて設計されてたりとか、賢い人スゴイΣ(๑°ㅁ°๑)
生贄の儀式って聞くと怖い!とか野蛮!!って思われる方もいると思うのですが・・・
スペイン人が来るまでそんな事思いもしてなかったのが当時のメソアメリカの人々。
もちろん反対した王や神官もおるでしょう。
それでも、生贄がある文化が彼らの「普通」やったんでね。
日本含め世界各地で人道的理由から禁止されたものってたくさんあるから。
もっと紹介するつもりが球戯場で結構熱弁しちゃった・・・
と言う事で次回もチチェン・イッツァで会いましょう?!?!